僕はAGA治療をしていて思うのだけど
挑戦する人が報われる世界であってほしいなと
そうおもうことがあります。
男子モーグルを見ていて堀島行真選手が
決勝の舞台で唯一コーク1440を跳びました。
プロの目から見たら細かいミスはあったのだろうけど
転ぶこともなく、タイムも早くて、
これは相当いい点でるだろうと思ったら83点・・・
え?予選より悪かったのと。
大技したのに。なぜと。
モーグルはターン点が60%あるらしく、
大技のエア点は20%だから、
ターン点で少しでも減点があると難しい競技なのだと。
でも、それだとモーグルの進化はないだろうな。
要するにみんな綺麗なターンをしてエアはそこそこに
スピードのある選手がいいということだから。
わざわざリスクのある大技をして
後ろに傾いてスピード落とす意味ないですもん。
それがモーグルのルールだというなら
それがモーグルの採点だというならしょうがないです。
北京の平野歩夢選手の時もこの感覚になりました。
平野選手の2本目のラン、ヤバすぎて
絶対1位だと誰もが思ったその瞬間。
2位・・・
トリプルコーク1440をやったのに。
ジャッジは何を見てんだよ。
3回目に異次元のランを見せて
金メダル取ったから良かったものの
あれ銀メダルだったら苦情の電話殺到したんじゃないかと思います。
堀米雄斗やショーン・ホワイトに見る「納得感」の正体
僕は思うんです。バンクーバーで優勝が既に決まっていたのに
ショーン・ホワイトが最後にダブルマックツイスト決めました。
当時誰もやっていない大技でした。
その時、解説が
「ダブルマックツイストーーー!!!」
めっちゃ大興奮。
この人は金メダル取るべきして取ったなと。
納得できたんです。
パリオリンピックで堀米選手が、絶体絶命の最後
超大技を決めて、スケボーをぶん投げた時
解説者の「決めたーーー!!!」
ヤバい点数出るぞと
興奮したものです。
この人は金メダルだとそう思えたのです。
「無難な金メダル」よりも「記憶に残る挑戦」を
正直、今回のモーグルを見ていて
そう感じれなかったんです。
誰が取ってもおかしくないというか。
そっか、綺麗に滑って速いタイムで下りてきたもんね。
これで後の子供たちがモーグルで大技をしようと思うかな?
スキーの滑りだけを磨くことにならないかな?
リスクを取って1440を跳ぶ。
転ぶかもしれない、タイムをロスするかもしれない。
それで挑戦した人が、無難にまとめた人より下に見られてしまう。
そんな世界、寂しすぎます。
誰の採点も受けない、自分だけの戦い(AGA治療)へ
だから僕は、自分の髪という、
誰の採点も受けない自分だけの戦いにおいて、
リスクを恐れず『最高難度の自分』を目指して挑戦し続けたいんです。
デュタステリドは誰にも平等ですから。
僕は挑戦する人が挑戦して良かったと思える世の中であってほしいなと
今回のオリンピックを見てそう思いました

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