僕は若い頃モーニング娘のライブに行っている。
あの当時の空気感はすさまじいものがあった。
1998年に『ASAYAN』から生まれた
40代なら誰もが知る伝説のアイドルグループ。
今は『超・実力派パフォーマンス集団』へと変貌している。
僕の知るモーニング娘。はまだ芸能界も歌もダンスも
よくわかってない中1の辻ちゃん加護ちゃんがいて
中澤姉さんが、うたばんで石橋(タカさん)に
イジられるという超個性派集団。
なっち、ジョンソン、中澤姉さん、石黒彩、
矢口、市井紗耶香、保田圭、ゴマキ
当時のメンバーは名前全員言えるもんな~。
世代によってどこが全盛かは違うけど
間違いなくなっちとゴマキがいた時代が
40代からするとモーニング娘。の核だと僕は思う。
彼女たちが輝かなければ
このモーニング娘。という名前も
間違いなく消えていただろう。
朝5時20分の行列。27年前の日記が呼び覚ます「あの頃の風」
僕は朝の5時20分に起床して、
ライブチケットを購入している。
なぜ、そんなことが詳細にわかるかというと
当時の日記が残っているから。
信じられないことに27年前の日記が残っていて
そこに書かれていたのだ。
1999年の12月4日に購入してるみたいで
色々思い出してきた・・・
僕の前に並んでいたファンの男性が
「僕、モーニング娘。のCDは全部持ってて
ライブもほとんど行ってるんです~」
みたいな話しかけられて
で、日記読むとビックリ。
僕はAブロックというかなり前の方のチケットを
ゲットしていた。
記憶の中で中澤姉さん綺麗だったな~とか
ゴマキ可愛かったな~とかうっすら残ってるんだけど
めっちゃ前で見てたんだと、ちょっと感動。
ライブに行った時、グッズを後から買おうと思ってたら
スタッフからグッズはコンサート後は買えませんと
言われてめっちゃムカついてたみたい。
相当の人数が並んでたようで
苦肉の策だったのかもしれない。
当時のメンバーと「母さーん!!!」の真実
日記に書いてあるエピソードなのだが
飯田圭織がクリスマスプレゼント交換で
アンパン30個買ったらしい。
このライブのまもなく後に
石黒彩の卒業だったらしい。
そしてプッチモニの
ちょこっとLOVEも歌ったらしい。
(おそらく赤、黄、青のパーカー着て)
そして俺は
「母さーん!!!」と叫んだらしい。

母さん?どういうことと思ったら
あ!タカさんがうたばんで市井紗耶香のこと
母さんって言ったからだ。
当時はHEY!HEY!HEY!とうたばんを見てたから
そことリンクするのかとエモすぎるだろ。
そしてあやっぺの卒業間近ということで
メンバー1人1人からお礼の言葉と激励の言葉を
泣きながら言ってたと書いてある。
ライブ前に裏から
「がんばって~いきまっしょい!!!」
最高すぎる。
過去と現在の残酷な対比
当時の僕は帽子を被ることもなく
前髪を気にすることもなく
友達と笑顔で
「母さーん!!!」って言ってたんだな。
それに引き換え
今の自分は冬でも夏でも前髪を気にして
病院の待合室でも帽子を脱げない
なんなんだ、この対比は。
正直、このままじゃダメだと思った。
何もしなければ、あの頃には絶対に戻れない。
じゃあどうするか。
今は自宅で診察して
そのまま治療を始められる時代になっている。
だから僕は始めることにしたんです。
ただ、昔みたいに
病院に行って人の目を気にするのは正直きつい。
調べてみると今はスマホで診察して
そのまま薬まで届くみたいです。
未来への宣戦布告
キラキラ輝いてるわ、四半世紀前の自分。
せめて髪型だけでも取り戻したい。
そしていつもいうけど
あの時、体いっぱい感じていた風を
何も気にすることなく感じたい。
だから僕はデュタステリドで戦う。
実際にいくつか調べた中でも
「これなら続けられそう」と思えたのがこの2つ。
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どちらも家から一歩も出ずに始められるし
人に会わずに済むのが今の自分には大きい。
1年は飲み続けるぞ。
あの頃みたいに、
何も気にせず風を感じられる日まで。


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